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ヒマラヤ 宝珠を納める旅

今回のヒマラヤ行きは、
1月末に与那国島を訪れ、
海の底の世界から帰って来た時に、
「次は、ここに行くように。」
と、
ヴィジョンを見せられた事から始まりました。
このように、
上からの指示で、
あっちに行け、こっちに行け。
と言われる旅も一年になります。

「了解。
では、いつにしようかしら?」
という事で、
ヒマラヤ通に相談すると、
「出来れば、3月中に。」
と、アドバイスを受けて、
あれよあれよと言う間に決定。

「一人でヒマラヤに行く。」
と言うと、
殆どの方に、
「大丈夫なのか?」
と、心配されました。

母は、
「あら、旗立ててくるの?」
と、いつもと同じようなズレズレぶり。

「行ってみないと分かりませんけれど、
とにかく、いつもの様に行けと言われているので。」
と、言うと、
家族のものは、
「ふーん。」
と、反対の声も上がらず。 
指示を受けてから一ヶ月半の
準備期間もあまりなくの出発でした。

カトマンズまでは、直行便がなく、
香港でドラゴンエアに乗り換えます。
実は、
自分でもヒマラヤに行く実感というものが、
香港に降りたった時もあまりなかったのです。

唯一、実感できるものと言えば、
歩く時に感じる無骨な登山靴の重さ。
何年か前までは、
「買い物が出来る所にしか、旅行はしたくない。」
と、ファッション優先の旅しかしませんでしたから、
まさか、自分が登山靴を履いて、
香港をウロウロしようとは、
その時、誰が想像したでしょう?
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しかし、家を出てからカトマンズの空港についたのが、
20時間後。
長いです。
途中、バングラデッシュのダッカにまで立ち寄っての長ーいフライト。
詳しく旅程をみていなかったので、
思わず、降りそうになってしまった。
しかし、どこかで一泊せずにカトマンズ入りするには、
これが最短なのかもしれません。

今回、上からは、
「ヒマラヤでは、相応しいガイドをつけるから安心するように。」
と、言われていました。
カトマンズの空港は非常に趣きある、
カサブランカの空港に共通するような、レトロ感満載。
ゲートの向こうを見ると、もの凄い人!
「大丈夫かしら?」
と、思いつつ出ていくと、
「ヤマモトさん!」
と、ガイドのビルさんに見つけて頂きました。
日本の女性一人は、そういえば見かけません。

ホテルまでの道すがら、
カトマンズの説明を矢継ぎ早に受けるも、
頭がボーットしてて、
良く覚えていません。
「翌日は、ポカラに移動するので、
早朝に迎えに来ます。」
と、去っていくビルさん。
部屋に入ってシャワーを浴びて、
爆睡!
するはずだったのですが、
寝入ってすぐに、もの凄い嵐!
どこかで窓ガラスが割れる音。
「このホテルが壊れるのではないかしら?」
と、心配になるほどの天候です。
殆ど眠れず朝でした。
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早朝、ビルさんがお迎えに来てくれて、
ポカラへ出発です。

カトマンズの国内線は、
より一層心許ない感じ。。。
沢山のおさるさんが通路を行き来しています。
しかし、小ザルの可愛さと言ったら!
国内線では、男女のチェックの入口が違います。
それぞれ、男性は男性に。
女性は女性にチェックしてもらいます。
そして、プロペラ機でポカラへ出発。

「右側に坐ると、山がよく見えますよ。」
と、ビルさんが教えてくれます。
見応えのある山々がありすぎて、
名前を覚えきれません!
あっという間にポカラ到着。
30分乗ったでしょうか?
空港に降りたった途端に、
目の前にアンナプルナの美しい稜線。
アンナプルナは、
ヒマラヤの中央東西に渡って50kmに渡って連なる山脈です。
サンスクリット語で「豊穣の女神」。
第一峰8091m、
第二峰7937m、
第三峰7555m、
第四峰7525m、
美しすぎるっ!

どこにいっても、すぐさまドライバーの方がお迎え下さり、
すぐに、シャングリラホテルに。
ホテルのプールサイド横のテラスでネパールティをいただきながら、
アンナプルナの中で一番大好きな、
マチャプチャレを正面に。
こんなシアワセがあって良いのだろうか!
本当に豊かさが全細胞を満たし、
滴り落ちるかの様に感じます。
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ビルさんが、
実は代々続く僧侶の家系で、
僧侶職にもついていらっしゃる事。
oshoのコミュニティで瞑想をしていた事や、
クリシュナムルティ・ファウンデーションを訪れた際の、
話等、
尽きる事なくお話し下さいます。

こちらに来る際に、
ガイドは、用意してあります。
と、上から言われていたので、
「見えないガイド? 人間のガイド?」
と、思っていたのですが、
実際に人間としての登場です。
どこかで、上の声を
「本当かしら?」
と、思うパーセンテージが上回りそうになるときもありますが、
こうして、
上は物質的な形でのサポートも示して下さいます。
沖縄の師匠と知り合ってからは、
上の世界と下の世界が、
ここに同時に存在している事実を
日々教えてもらえている事に感謝を感じずにいられません。

人は、自分を物質的な存在と思い込み、
目の前に見える事実だけを頼りに生きています。
しかし、その背景にエネルギー的な自己や
その自己さらに大きなものと結びついている事を忘れて生きています。
それこそが事実であるにも関わらずです。
全体を見ようとはせず、
一部だけを見ているせいで、
「何かが足りない。」
と、常に焦燥感を感じているのです。
その焦燥感を満たす為に、
恋、お金、力、名声を欲しますが、
いざ、それを手に入れてみた所で、
自分が満たされているかどうか。
世の「成功者」と言われている人を見てみれば分かります。
更に欲していかなければならないからこそ、
現代のような社会構造が成り立っているのでしょう。
持つものは自分の使い切れないほどのあらゆるものを、
飽きる事なく搾取し続け、
持たざるものを切り捨てていきます。

今回の旅は、
大体の枠組みだけが決めてあって、
後は、自由にリクエスト出来る旅なので、
ビルさんに、
「今日は何をしますか?」
と、聞かれ、
「お勧めは?」
と伺うと、
「エンジン付きのハングライダーであの山(マチャプチャレ)
の近くに行ってみるのはどうですか?」
との情報に、
「行きます!!」と、即答!

午前中が素晴らしいと言う事で、
すぐに予約を入れてもらって、
飛行場に出発です。
なんと、飛行場の中にあるのです。
ついた途端に、完全防寒着を着せられます。
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結構な冒険に関わらず、
あっという間に出発です。
わたくし、ハングライダーの経験もありませんが・・・
操縦して下さるフランクさんと握手を交わし、
乗り込むと、
滑走路へと進み、あっという間に空の上の世界に、
どんどん高度を上げていきます。
街に近い山がどんどん下になっていき、
雪に覆われた山が近づいてきます。
ホテルからみていたマチャプチャレが目の前に迫ってきます。
Facebookの方で、
「ナウシカみたいですね!」
と、ご投稿いただきましたが、
本当に!
上の世界は極寒ですが、
鳥の目で世界を眺める事が出来ました。
神の山は、力強く日の光に染まり、
私たちを見下ろしています。
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沖縄で海の中に実際に入り、
その後、エネルギー体で海の下にある世界へと向かった事。
今回も、実際に空の上で鳥のように過ごす一時間。
これが、この旅でどのように展開していくのかがポイントのように感じました。

エネルギー体と、肉体との対比はとても貴重で面白い体験です。
両方ともに必要なのです。
両方の体験を統合させて、
初めてむこうへの鍵を手に入れる事が出来るのです。

今回、本当に実感するのですが、
高度が上がると、
エネルギーの周波数も精妙になります。

しかし、いくら完全防寒着を着ようとも、
極寒の中での一時間は寒い!!

肉体とエネルギー体のバランスを上手く取りながら、
鳥瞰
肉体を持ったままのこの状態は、
忘れ得ぬ新たな感覚です。
そして、この感覚が後の行者の方
とのやり取りで大きな意味を持ってきます。

ホテルで待っていたビルさんに
「美味しいネパール料理屋さんに行きましょう。」
と、連れて行って頂きます。
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ポカラの街の裏の方にあります。
店内は地元の方々ばかり。
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ダルバートです。
どこにいってもダルバートなのですが、
一つとして同じ味はありません。
毎回これでも飽きないほど。
大好きなお料理です。
このレストランは、
とある村からやって来たご家族が始め、
美味しいと評判になっているそうです。

この旅の間、
ビルさんが気を効かせて、
旅中のホテルで日本食を頼みましょうか?
と、言って下さっても、
「ダルバートで良いです。」
と、申し上げるほどです。
帰って来てからも、
中毒のようにこれが食べたくなります。

しかし、日本では倒れそうなほど疲れてのネパール入りでしたが、
空気なのか、エネルギーなのか、食事なのか、
あまりの調子の良さに驚きます。

日本は世界中の美味しいお料理がそろい、
豊かな食文化があるにも関わらず、
外食する際には、
その食材がどこから来たものか、
ある意味ロシアンルーレットのような覚悟が必要。
残念ながら表示が本当とは言い切れないのです。
「知識」や「ブランド」ではなく、
そのものの持つエネルギーが分かるか分からないかは、
今後生き残っていくのに最低限必要な能力になっていくでしょう。

それには、ただひとつ。
「この瞬間に存在する。」
それだけです。

ポカラでは、
1日目は、空からナウシカ体験。
2日目は、早朝にサランコットに朝日を見に行きました。
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朝日が登る前の一瞬だけ、山がピンクに染まります。
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丘に向かう途中の村の子ども達。
なんて純粋な目をしているのでしょう。
この人たちの使う色合いの美しさ!
常識では考えられない色の配色が、
ここではとけ込み調和します。

残りの時間は、
ネパールに来る前の東京での日々があまりに忙しかったので、
高度を上げる前に、
まずは、休養。
ホテルでマッサージと、ボーットするだけの2日間。
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お勧めのマッサージを聞いたら、
チベットマッサージ。
という事で、2日間受けました。
特殊なオイルを使い(香り無し。)
内臓までカヴァーする
頭のてっぺんからつま先までの穏やかなマッサージでした。
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なにしろ、目の前には美しい山稜と青い空が広がっているので、
何もせず、
その空間にいるだけでシアワセなのです。
都会だと、
東京にいると、元気になるベクトルが
身体を鍛え、栄養のあるものを食べという肉体からのアプローチですが、
ここでは、存在するエネルギーから滋養を与えられ、
元気になっていくというベクトルです。 

まず、この旅、殆どお腹がすきません。
チョコレートも食べたくなりません。

昼間のホテルは、大抵の宿泊客が入れ替わり、
殆ど人気がありません。
シーンとした空間で 何もしない贅沢を味わえるのは、
格別なものです。

時計の針によって動いている生活から、
陽の光によって行動する生活へのシフトです。

たっぷりと休養を取った翌朝、

いよいよ、高度を上げるべく、

ジョムソンに出発です。

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ジョムソンは、山に挟まれた谷間にあるのと、

非常に風が強いのとで、

非常に危険なフライトになるそうです。

朝10時を過ぎると風が強くなるので、

午後のフライトはないそうです。

まずは、試験的に飛行機を飛ばして、

大丈夫であれば、乗客を乗せます。

だから、この日も、風がやむまで一時間ほど待ちます。

ポカラの空港の屋上で、

ホテルで用意してくれた朝食ボックスをいただきます。

こうして、搭乗を待っている時間すら、

美しい山並みを眺めながらなのですから、

至福の時です。



乗り込んでみると、

機内は、今まで経験のない 小ささ。

操縦席が一番後ろからでも見えます。

しかも、ぎゅうぎゅう詰め。

大きな欧米人の方々はかわいそうな感じです。

30分ほどの飛行ですが、

窓の外はため息が出るほどの景色!

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そして、とても面白いのだけれども、

国内線に乗ると、キャンディサービスのトレーに

当たり前のように取れ立ての綿が入っています。

耳栓用だそうです。

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ジョムソンの飛行場であまりの美しさに我を忘れて、

写メしていると、

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迷彩服の軍人の方に、

勝手にフラフラしないように!

と、ご指摘を受け、すごすごと建物の中に入れられます。

実は、わたくし ポカラのホテルに日程表をすっかり忘れて来てしまったので、

毎日のスケジュールがわかりません。

この日も、次は何するのかしら?

と、ビルさんの後を追いかけます。

しかし、ジョムソンの街はのどか。

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我に返ると、

あら今はいつの時代だったかしら?

と思いますが、

その中にいると、

何とも言えず。

細胞が思い出すような、

体中のエネルギーの時間が逆行して、

タイムスリップして前世に戻ったような

不思議な世界に入り込んでしまいます。

ジョムソンの通りには、こうして野菜が並びます。
しかし、この辺りで穫れるものばかりではないので、
物価は高いそうです。
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上の方に行くため、
イミグレーションチェックポストで、
入場手続きをします。

村人が生活する場を通り抜けていきますが、
「この辺りは、貧しい人が生活している所です。
子ども達の目を見ていると、
涙が出るよ。」
と、ビルさんは行き交う子どもには必ず声をかけています。

暫く歩くと、
ムクティナートに行く為のジープスタンド(?)があります。
数年前までは、ムクティナートに行くには、
2泊3日のトレッキングしか手段がなかったそうですが、
いまは、往復5時間の超シェイキング・ドライブで済みます。
車の手配が出来るまで、
「お茶を飲みましょう。」
と、横にある商店でネパールティをいただきます。
「ラーメンも食べるでしょう。」
と、ビルさん。
「あぁ、私はラーメンを一人分食べられないので・・・」
と言い終わる前に注文してくださり、
ラーメンが出来上がるまで、
お店の外で愛らしい女の子が遊んでいる姿を眺めます。
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この子は、少し前まで赤ちゃんをおんぶしていたのに、
どこに置いて来たのでしょう??
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ラーメンは、カフェオレカップくらいの大きさの器に入っていて、
なんと、スプーンでいただきます。
美味しかったです。

さて、「車が来ました。」
と言う事で、
外に出ると、
「さぁ、どうぞ。」
と、言われる車の屋根から羊が。。
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大暴れです。

乗り込んだ途端に、
前後左右もれなく20㎝くらいずつ
身体がゴムまりのように弾みますが、
これが、いつまで続くのかしら?
と、甘い考えを持っておりましたが、
やむ事はなく、
むしろ、さらに激しいシェイク状態が待っています。

しばらく続く幅広の川とその川を取り囲む、
ヒマラヤ形成の後を残す岩肌。
まるで、今でも動いているように美しい文様です。

ここでは、アンモナイトも見つかるそうです。

その川の中もジャブジャブ入れば、
「こんなに端を走らないで・・」
と、願うような所までもの凄い勢いで、
車は進みます。
そして、運転するの青年好みの音楽が
それに負けないくらい大音量でかかっています。
数回、秘密で音量を下げてもらいましたが、
すぐ、更に大きな音量になります・・・

しかし、景色の美しさは類を見ないものでした。
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途中、いくつかの集落を通り過ぎます。
今までに見た事の無いような。
スケールの大きな自然の景色が続きます。

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シェイキングドライブと大音量の音楽とこの景色と、
エネルギー。
どれが作用したのか分かりませんが、
変性意識状態に入ってしまいます。

ひとつひとつの 集落には、
積み上げて来た文化があり、
ゆっくりみられない事がとても残念。

しかし、車窓からみるだけでも感慨深いものがあります。

着いた途端に、
車から降りると、少々くらっときますが、
何やら人だかり。
見てみると、
インド人の女性が介抱されています。
ヘリコプターも到着。
高山病ですね。
せっかく、遠くからムクティナート目指していらっしゃったのに、
残念ですね。
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ここから、聖所まで少し上り道です。
途中、お土産屋さんやロッジが並びます。
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寺院の門をくぐると、
巨大なマニ車があり、
左右にサフラン色の布を巻いた、
サドゥが並んでいます。
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サドゥとは、
ヒンズー教の修行者。
あちこちで見かけます。
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ヒンズー教とチベット教双方の聖地であるので、
マニ車の横でサドゥがたむろっていても、
何だかしっくりするような不思議な感じです。
良い場所は皆のもの!
素晴らしいです。
ここは、あらゆるもののための聖なる場所なのですね。
ヒンズー教徒にとって、
ムクティナートは、
霊魂を救ってくれる聖地であり、
チベット仏教では、パドマサンババが訪れた場所として、
巡礼地になっています。

本当に清涼感漂う場なのです。
高度が高いと言う事もありますが、
頭の芯がスッキリとして、
全ての色が鮮やかになります。
一日目のこの日は、
インド方面からいらした方をとても多くお見受けしました。
その中には、
相当お年を召していらっしゃるおじいさんもおばあさんもいらっしゃるのですが、
それぞれ、途中から馬に乗ったり、
バイクに跨がったりしながら、
ここに辿り着き、
門をくぐると、ゆっくりゆっくりと、
この場を確かめるように階段を上がっていらっしゃるのです。

さて、簡素な聖所が並ぶ中、
何やら若者が寒空の下、
衣服を脱ぎ始めています。
いえ、若者ばかりか、
インドからの巡礼の女性達まで。。。
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ジャブジャブ入っています。
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けして、キレイとは言えない聖水の中に。
信仰の力は凄い!
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その後、この108の聖水の下を歩いていきます。

雪解け水ですから。。

ジョムラキ・ゴンパ。
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何とも、こじんまりとした質素なゴンパです。
けれども、
女性達によって丁寧に手入れされていて、
味わい深い所です。

とにかく、
この清涼感は説明しがたいものがあり、
ただ、何もせずにずーっと坐っていたくなります。
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それでも、
帰り道の事を考えると、
早くもここを立ち去らねばならず、
心残り。
後ろ髪を引かれながら、
ガタガタ道を下るのでした。

そういえば、お昼を食べていないことに気づき、
車を降りた辺りのお店で昼食。
行きに食べたチャウチャウ(ラーメン)の時もそうだけれども、
どこにも、食事をさせる雰囲気のない見かけや室内なのに、
そこが食事所なのです。
店内では、学校終わりの男子たちが次々と集いだし、
飲み物を飲みながらインドのドラマを見ています。
巨大な虎にも勝ってしまう正義感の男性を中心としたミュージカル風ドラマ。
しかし、二つのドラマを同時に鑑賞したい子がリモコンを握っていて、
最後はどうなったか分からず。
こんなに、のんびりした所にも、
シャキシャキしたい子がいるのです。

ダルバートは、
ここでも味わい深く美味しく、
ついつい食べ過ぎてしまいます。

ユルユルと村を歩きながら、
丘の上にあるホテルの迎えのトラクターを待ちますが、
「所用でトラクターが別の場所に行ってしまった。」
との事で、
息を切らしながら、丘を上がっていきます。
「10分ですよ。」
と言っていましたが、
30分かかりました・・・
ここにいると、何にも腹が立ちません。
何があるか、先の事は何も分からないのです。

ホテルは、
こんな所にこんなホテル?
と、思うくらい素敵なホテルでした。
この場所で5つ星だそうです。
しかし、石造りの建物の中では「ダウンウェア」です。
お夕食は、簡易こたつのなか。
シャワーは、ロウソク。
ベッドには湯たんぽ。
(二個も入れてくれます。)
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しかし、この景色。
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素敵な温水プールもあるのです。
泊まり客一人だと、水は張ってないですけど・・・
寒いし。

翌朝。

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朝日が、目の前に聳えるニルギリの色を変え始めます。

この一瞬が何とも神々しく、

寒さも、呼吸をする事すら忘れてしまう、

神聖な儀式のような時間になります。

誰でも、この瞬間を感じ生きられる力強い一瞬。

太古の昔、何も情報がない時代には、

この山々に神が住んでいると、

信じる人々がいても、何ら不思議はなかったでしょう。

今でも、当たり前のようにそう感じます。

当初の予定では、

近辺の僧院に行く予定でしたが、

「もう一度、ムクティナートに行ってゆっくり瞑想したい。」

と、朝食の際お願いしてみると、

ビルさん直ぐさま、車の手配などしてくれて、

「では、30分後に出発です。」

と、超テキパキです。



ホテルの前に車が迎えに来てくれます。

チャーターなので、

昨日のように、若者好みの音楽が鳴り響く事もなく、

羊が降りてくる事もなく、

非常に落ち着いた状態で出かける事が出来ます。

しかし、道は相変わらず。

揺れに揺れます。

しかし、

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こんな、地学の授業で学んだような風景も、

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車を止めてゆっくりと見る事が出来ます。

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ムクティナートに着くと、
昨日のような巡礼者の姿はありません。
閑散としています。
そして、
「今日はこっちに行きましょう。」
と、ビルさん。
昨日とは反対側の方に登っていきます。
そして、
小高い丘の上に着くと、
いつご用意下さったのか、
毛織物の絨毯をひいて下さり、
「さぁ、ここで瞑想してください。」
と、360度ヒマラヤに囲まれ、
人影のない瞑想場所を作ってくださいました。
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高度とこの場のエネルギーは、
実に容易く万全な状態を作り出してくれます。
この時点で、
これ以上 瞑想に適した場所を私は知りませんでした。

この辺りから、
アストラルの世界と物質次元の世界が二重になり、
呼吸法、
エネルギーの用い方、
ムドラー、
を一つづつ丁寧に教えて下さる
向こうの行者の方との時間を過ごす事になりました。

この時点では、
なぜこの新たな呼吸法やエネルギーの用い方が必要なのかは、
まだ、明かされていませんでした。

しかし、
一日に一つづつ教えてもらうムドラーは非常にパワフルです。
肉体の次元までも通常にない反応を示し、
坐っている事が困難になるほどです。
そして、
その度に、
「肉体の状態に引きずり込まれないように。」
との指導を受けます。
そのパワフルなエネルギーの状態すらも俯瞰して見ているように言われます。

その状態から、

いつ通常の状態に戻れば良いのか。

俯瞰している状態でなければ、

もしかして、戻って来ないかもしれません。

それほどまでに、

あちら側の状態が色濃く、感じられます。

どこかで、

「ビルさんを待たせている。」

事を思い出させる心が働き、

肉体の状態に近づいてみると、

すでに、正面の山の上にあった太陽は、

違う山へと移動しています。

ビルさんを探すと、

豆粒ほどにしか見えないほど遠くにいらっしゃいます。

こちら側の状況を次第に思い出し、

ゆっくりゆっくり、この場に戻り始めます。

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何と言う場所でしょう。

目を閉じようと、目を開けようと、

そこにあるものは神聖な波動です。

その状態が静かに続いていくのです。

波動を特別な状態にせずに、そのままで向こう側に移行出来るので、

二つの世界が、常時見えています。



太陽の位置からみて、

すでにずいぶん時間が経っています。

お待たせしているビルさんに終了した事を告げ、

丘を下り、お店のある方に向かいます。

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どうやらバッティという宿泊施設のようです。

Wi-Fiもあります。

ダルバートを待っていると、

階段を上がってくるトレッキングカップル。

昨日、ポカラの空港で飛行機に乗れなかったカップルです。

あの飛行機に乗れなかったのに、その後の便で、

歩いてここまで到達するとは!

お部屋の中をちょっと覗かせてもらいましたが、

簡素ですが、清潔な感じです。(寒そうなのはどこも一緒。)



この辺りから、ビルさんにあちらの行者の言葉で分からないものがあると、

どういう意味か尋ねるようになります。

当初、見えない世界の話は怪しまれると思い、

していなかったのですが、

だんだんと信じてくれるようになってきたので・・・

しかも、私は音で聞いたものを、

様々な言語で検証し、

それぞれの意味を提示し、

さらに、そのバッティにたまたまあった本の中に、

その記述に似た文章を探し出し、

ヒンズー教とチベット教のそれぞれの角度から探りを入れて下さる。

ふとした一つの言葉がそんなに深いものに結びつくなんて!

感動です。

この旅で巡った所は、
本当に素晴らしい所ばかりで、
ムクティナートからも立ち去りがたく。

宿泊客が一人。
となってしまって、
夜、「お湯が出ません〜。」
と、人を捜しにいっても、
真っ暗で、誰の気配も無く、
ただ自分の声と足音だけが響き渡る、
(与那国島の宿泊を再現するような。
ヒッチコックの映画の主人公になってしまったような。)
ジョムソンのホテルからも、
立ち去りがたく。
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なぜなら、人気のないホテルで明かりはロウソクと月明かり。
その背景に、しっとりとしたニルギリが目の前にそびえ立ち、
生きている気配を持つものは、
私とニルギリしかないような錯覚にとらわれると同時に、
自分がニルギリの中に抱かれていくような心地で、
眠りにつく事の出来る、
夢のような時間。
そんな時間が存在するのです。
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そして、まだ夜が開ける前に目覚め、
ゆっくりと漆黒の中に満天の星が輝く世界から
若々しい光がどこかから現れ始め、
新たな色で空を染めていく様子を
誰もいない空間で味わっていると、
自分の呼吸がこの大いなる世界に影響を及ぼしてしまいそうで、
思わず息をする事をためらってしまうような、
神聖なる世界との繋がりを感じるのです。
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日程表を持っていない私は、
「移動したくない。」
と、ゴネルのでした。
ジョムソンの雄大な景色に後ろ髪を引かれながら、

次なる場所に出発です。

ジープが迎えに来てくれて、

またもやガタガタ道を進みます。

お約束のように川の中をジャブジャブと豪快に通り抜け、

進みます。

途中の村である僧院に立ち寄りました。

村の一番見晴らしの良い所にその僧院は建っています。

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その村、何だかスッキリしているのです。

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大きなマニ車を通り過ぎると、

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見晴らしが良いのだから階段を登らねばなりません・・・

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人影がありません。

しかし、

可愛いちびっ子僧が顔を出してくれました。

「ちょっと、待っていて。」

と言うと、中から鍵を持って来て、

お堂(?)を開けてくれました。

可愛いでしょ?

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中に入ってお参りしていると、

私のスマホを見て、

「ゲーム入っている?」

と、聞いているそうです。(byビルさん)

「うん。」

といって、ゲームを開いてあげると、

「どうするの?」

と、聞くので教えてあげると、

あっという間に私より上手になってしまいます。

座り込んで一心不乱にゲームをするちびっ子僧。

後から入って来たサドゥに白い目で見られてます。

(いいのかしら?)

遊びたい年頃だものね。

甥っ子と同い年と聞いて、ついつい甘くなる私です。

しかし、お兄さん格の僧が入って来てたしなめられ、

残念そうにスマホを返してくれました。

厳しい生活の中で修行に来て、

毎日厳しい生活を営んでいるであろうちびっ子達。

ここで体験する一つ一つの事が、

私の今までの固定観念を一つ一つ壊していきます。

同じ地球、同じ時間が本当に存在しているのだろうか?

と、考えずにいられません。

何が一番良いか。

と言う事に簡単に出せる答えはありませんが、

非常に深い部分が揺り動かされる時間です。

さて、僧院を出て 
のどかな村を暫くブラブラ歩きます。
この村は古くはインドとチベットの交易路であったそうです。
明治時代に
日本人として初めてチベットに入国したと言われる
河口慧海が数ヶ月滞在した場所が
記念館として残っています。
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さて、再び車に乗り込み、
ガタガタ道を進みます。
↓これ、道ですから。
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暫く美しい山を眺めながら走っていると、
急に上り道なんですけれども、
端が非常にきっちりと分からないのと、
ガタガタなのとで、滑りそうでドキドキです。
まだ、道路を造っている最中な感じで、
道路づくりに余念のない方々がいらっしゃいます。

登りきった、
尾根の上に村とホテルがあります。
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ここも素敵なホテルです。
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当初、宿泊客が私だけの予定だったので、
広いお部屋に泊めて頂きました。
何と言っても素晴らしいのは、
外の景色です。
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お昼をいただいた後、
「洞窟で瞑想したい。」
という私の希望を満たすべく、
「村の人がすぐに洞窟があると言っている。」
という情報を元に、
「ちょっと、行ってみましょう。」
と言う事で、
「すぐそこね。」
という感覚で出発です。

のどかな村を進みます。
水車小屋の横にはおじいさんが坐っています。
ずっと、坐っているのでしょう。
挨拶するとニコニコと手を振ってくれます。
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可愛い女の子はまるで絵から抜け出したように、
そこに佇んでいます。
本当にのどかな所です。
(女の子もおじいさんも、
数時間後に戻った時、やはりそこに佇んでいました。)

そんな村を抜け、
予定ではもうすぐ洞窟があるはず。
(だって、「すぐ。」って言っていたから。)
しかし、あるのはヤクの糞だけ。
(あまりに沢山のヤクの糞を見たものだから、
その日の夜、目を閉じるとヤクの糞が無数に現れたほどです。)
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何しろ沢山のヤクが。
モサモサ歩いています。
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こんな所にまで来たのですが、
まだ、見当たりません。
ビルさん、何回も確かめる電話をして下さいますが、
まだ先のようです。
元々、高地にある所から、
更に登るので、
酸素が少なく、
少し歩くと、息苦しくなり、
足が上がらず、手も痺れてきます。

「あぁ、無理。足が上がらない。」
と、思うと、
ネパールに到着してから様々な行法を教えて下さるあちらの方が、
「昨日、教えた呼吸法を使いなさい。」
と、アドバイスしてくれるので、
使ってみると、
なるほど、スッキリと快復します。

さらに、苦しくなると、
「教えたエネルギーの上げ方をしてごらん。」
というので、
試してみると、これもまた素晴らしくサクサクと歩けます。

今回、一番学んだ事は、
「瞑想、呼吸法等の 行法とは、
肉体的、精神的、エネルギー的な危機が訪れた時の為のものである。」
こと。

エネルギーのギアがシフトしていくごとく、
その場に合わせて変化出来るのです。

ビルさんは、玄関マットほどの大きさのある、
分厚い瞑想の為の絨毯を持ってくれているので、
本当に大変そう。
瞑想に一番良いのは、
毛皮。
二番目がウールの絨毯だそうです。
口数も少なくなってきます。

「すぐとは、どのくらいのすぐなのだろうか?」

と、口には出せない心の声が聞こえてくるようです・・・

ようやく、山の上の方にはためく5色のルンタが見えてきます。
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下じゃなくて、天辺の方です。
しかし、本当に山の上。
目標は見つかったものの、
まだ、登らねばならない事に、
少々、足が止まります。

更に、寡黙になるビルさんに、
申し訳なくなり、

「ねぇ、どうやってあの旗をかけたのかしらね?
飛ばしたのかなぁ。」

と、話しかけてみると、

「そうじゃないですか。」

(「どうやって飛ばすのかしらね?」と、
聞きたかったけれど、聞けない雰囲気。)

ちょっと行っては休む事を繰り返しながら、
登るのでした。

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辿り着いた時の何だか良く分からない感覚は、
今でも、言葉にする事ができません。
しかし、
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この景色を前にすると、
感動が沸々と沸き上がってきます。

『本当に洞窟あったんだ。』

『洞窟、来ちゃたんだ。』

「良いの?私、洞窟来て。』

『帰るもの大変そう。』

という、自我の声と共に、

ファンタジーの世界と現実の世界が
溶け合っていくような、
そんな至福の瞬間です。 

この山の さらに上方にはタウラギリ、
目の前には、ニルギリがそびえます。
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遥か眼下には、
先ほど通って来た川の流れが糸のように細く見えます。 
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帰り道の事を考えたら、
そろそろ、戻らなくてはなりませんが、
それでも、
その空気感から離れる事は出来ず、
ただ、その場に佇んでしまいます。

繋がろうとしなくても、
繋がるべき所に繋がりはじめ、
それを止めることは出来ません。
繋がりが増すほどに、
「自分」という枠組みは薄れ、
さらに大きなものに繋がっていきます。

ビルさんが用意してくれた絨毯を敷いて、
場を整えてもらい、
さらに深い世界へと入っていきます。

目の前に聳える山の頂きには、
歴然としたエネルギーの柱が存在し、
そこがどのような場所なのかを現しています。
アストラルの行者とのやり取りが始まります。

練り上げて来た行法を続け、
さらに、
「如何に、手放せるか。」
を、
一つづつ確認していきます。
行法においては、
如何に、酸素を吸う事を手放せるか。
(物質的な要素を手放して、
エネルギーの要素に移行していくプロセス。)
そして、
アストラル体を移動させるにおいては、
如何に、心理的な恐れを手放せるか。

何回も、
「ついてこられるか?」
と、確認されます。

その度に、
不思議な事に、
身体の下方から力が漲り、
「大丈夫です。」
と、答えている自分を見ています。

両方の鼻腔の呼吸に切り替えるように指示され、
と、言ってもそれは酸素を取り入れるのではなく、
エネルギーの呼吸なのです。

さらに、
エネルギーの螺旋を双方向に造り上げ、
そして、それが練り上げられた頃、
さらに、
次なる図形でエネルギーを練り上げるように指示されます。
そして、この形のエネルギーが練り上げられたとき、
共に上に向かいます。
そして、
新たな移動の為の形態に変化し、
(この時々、「ついてこられるか?」の確認があります。)

しかし、
思うに。
私は、
「出来るか?」
「出来ないか?」
という確認をした事があまりありません。
目の前に提示されるものに対して、
自分のエネルギーが動くのであれば、
とりあえず、
「やってみます。」
それは、
普段の生活においても、同じ事。
お料理でも、掃除でも、大工仕事でも、
「出来るかな?」
と、確認する事はありません。
あきらめずに続ければ、
必ず形になるものです。


さて、
其の様な行法を使いながら、
正面の山の頂きに存在するエネルギーの柱に向かいます。

与那国島の時もそうだったのですが、
アストラルの世界に向かう前に、
実際にダイビングした事は、
エネルギー的にも非常に助けになりましたが、
今回も、
数日前にエンジン付きパラグライダーで、
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マチャプチャレに向っていった事は、
非常に助けになりました。


まさに、そんな感じなのです。

全ての出来事が、
関係なさそうに見えて、
「実は、布石である。」
事は、
この一年、
本当に学ばされました。

ですから、
一見、困難に見える事も、
必ず、次へと繋がる布石となるという確信があります。

この先の話は、
どうしたら良いものか。。。
暫く思い倦ねておりました。

夢の世界の話だと思っていただければ。。。

エネルギーの柱が立っている山にはゲートがあり、
そのゲートも同じ様にエネルギーで出来ています。
白く輝く美しい山に相応しい、
いいえ、
このゲートがあるから
こんなにも神々しく輝く山になるのかもしれません。
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小さな頃、
不思議な世界を旅したり、
宝石で出来た街の本を読んだ時から
大好きな世界。

何十年経った今でも、
未知の世界へと繋がる世界は、
何よりも私を沸き立たせます。
いくら、冷静になるように、
息をころしても、
自分の細胞の一つ一つが踊りだして、
先に歩いていってしまう様な感覚です。


そのゲートの中にも、
多重な次元が存在し、
中心には、ピラミッドの内部にある様な通路があり、
その両脇には、
様々な空間が存在していました。 

その部屋の一つに、
与那国島から持って来た、
「宝珠」の受け皿となるものがある空間がありました。
そして、振り返ってみると、
その時は、あたり前の様に冷静に、
滞りなく、
持って来た宝珠を、
そこに納めます。
あるべき所に、
あるべき物を納める感じでしょうか。
動かされる感じでしょうか。
私はてっきりこれが自分の宝珠だと勘違いしていたのですが、
私だけの物ではないようです。
これを納めたら、
何か凄い事が起きるのではないかしら?
と、密かに思っていましたが、
別段、私に何が起きるわけでもありません。

少々、拍子抜けした私を見て、
常に教えを授けてくれていた行者が、
話をしてくれます。

ここに来てから、

私自身の周波数が確実に変化しているのです。



水が上がってくるように、

私の中がいつもの自分では無くなってくるのです。

「私」

と思っていたところがだんだんと少なくなり、

大いなる全体が、

ヒタヒタとパーセンテージを上げていきます、

境目が曖昧になりだします。

すると、自我が危機感を感じ、

それを食い止めようと、

メールしたり、食べたり、

という、「いつもの日常。」を取り戻そうとするけれども

「それ」は、

ヒタヒタと その手を緩めず、

私の中を満たしていくのです。

何よりも「それ」は、初めて知る物ではなく、

「おかえり。」

と、繰り返し語りかけてくるようなのです。



戻るべきところ。



それに満たされる事を許せば、

ただ懐かしく、

涙が溢れ、

そして、

以前の場所には戻れない様な至福感があるのです。



それは、既に始まり、

そして、

以前いた場所に戻りたいかと言われれば、

けして、

そうは思わないのです。

そして、

ここに生まれる言葉こそが真実なのでしょう。

数多の思考を通さない言葉こそが

大いなる源からあらゆるところへ溢れ出ている

そのものを現す響きなのです。

それは、音楽となり、

絵画となり、

詩になり。

我々は、ただ自らを黙らせるのみ。

それだけが、

大いなる源 に協力する方法なのです。

それが自らの中を満たせば満たすほどに、

それが自らの中に存在するもの である事に

気づくのでしょう。



それに伴い、

肉体もどんどん変化していきます。

それぞれの臓器の存在感がかわり、

軽くなっていくように感じます。

波動がより繊細になり肉体を満たしていきます。



すると、

まるで甘露が溢れる泉の中にいる様な心地になり、

それに溺れそうになると、

まだ、少し残る自我が、

それを保とうとし、

しかし、その声はだんだん微かになり、

同調するのか、

自我を保つのか、

問いかけが遠ざかっていきます。

しかし、

神の腕の中に抱かれる様な心地の中、

自らを委ねる以外に選択の答えは見当たらなくなります。



ここに、帰ってきたのです。



ヒマラヤの懐で、

かつて鳥になり、

此の山地を風と共に泳ぎ、

ここに住まう神々の息吹に触れた事が、

もしかして、

あったのかもしれない。



そして、

その時に感じた神々の呼吸を、

今でも懐かしく思い出すのです。

携えてきた黄金の宝珠は、
エンジンとなり、
私を押し上げ、
ここまで私を連れてきてくれた。

そして、
陰陽がちょうど同じになった時、
さらに、
自分の中にダイヤモンドのように輝く宝珠があるのがわかった。

それがマスターキーとなり、
その宝珠に波動を沿わせると、
自分が想像もした事のないような
新たな範囲が開いてくる。



ヒマラヤに抱かれるこの地で、
時を過ごす。
絶え間なく続く至福の時は、
私を私であったものから解放する。

日が沈み、
夕暮れがやってくる。
薄墨で描く水墨画の様に
山々が姿を変えていく中、
一筋の紅の帯が名残惜しそうに
雲の向こうに消えていく。
やがて、
星が輝きだす。

此の地のエネルギーは、
あまりに細やかで、
人間の重い想念の入り込む隙を許さない。
ここは、神の地である。

ここでは、
まだ、暗いうちから目が覚めます。
9時くらいに寝るから当たり前なのですが・・・

しかし、
此のパワフルな地での夜明け前のひとときは貴重な時間です。
何もかもが可能な、
そんな気がするのです。

その中での呼吸法は、
時間をかけずともあっという間に整います。
高度のお陰なのか、
酸素の薄さなのか、
場のせいなのか、
定かではありませんが、
きっと、全てが影響しているのでしょう。

チャクラ毎に集中してみると、
これも、ピタッとぶれがありません。
一つ一つのエネルギーが、
それぞれの個性を発揮しつつ、
ともに共鳴していく様子が、
まるで、音階を奏でるように此の場に馴染んでいきます。

地上においては、
非常に集中力と努力を必要とするのに、
あっという間に到達します。
なぜ、先人達が ここを目指してやってきたのか。
よくわかります。

そして、また、アークの存在する山に現れる
ゲートの中に入っていきます。

神社には手水舎。
ユダヤ教の会堂には、ミクパ。
教会でも聖水盆。
があるように、
ここでも、
清めの水があります。
その水によって、
さらに軽やかなエネルギーに変化します。

ここでの移動は、
水の中を移動するように滑らかに為されます。
導かれて、
通路を抜けていきます。
この構造は、
ピラミッドの内部の構造に良く似ているように思えます。
(ここへの装置。)

ずいぶん長い間、
呼吸法やエネルギーワークをしてきたけれども、
今回ほど、
実際に役に立つ事はありませんでした。

高度が上がり、
10歩歩けば苦しくなり、
足が上がらなくなり、
手足の先が痺れてくる様な事態に、
なる事はあまりないですものね。

こちらに来てから、
指導された呼吸法やエネルギーワークも含め、
「やってて良かった。」
と、何回思った事か。

身体の方の対処は、
それで出来たものの。

もう一つは、
「恐れ」
如何に腹を据えて動じないか。
これが大切でした。
まず、酸素が薄くなる恐れから始まり、
立派な大きさのヤクと道を譲り合いながら歩いていったり、
聞いた事も無いような動物の音が聞こえたり、
「え〜、この棒を渡るの?」
というような橋があったり、
そればかりか、
目を閉じて瞑想に入ると、
虎、
蛇、
火、
水、
等の幻想が襲ってきます。
その度毎に、
如何に平静な状態を保つか。
が、とても大事。

指導してくれる行者は、
私を一気に地球が見渡せる高度まで導き、
地球を見下ろしながら、
「ここは、
自我を変容させる為の場。
全ての魂の修行の場である。」
と、教えて下さいます。
そして、
「あなたの身体は器であり、
今の状態が本性である。
戻っても、この状態を保つように。」
と、言われます。


行者に教えてもらった手印は、

自分のエネルギーを変容させる事はもちろんの事、

新たな場に向う時の起動力となります。

手印の位置を変えれば、

自在にエネルギーを変化させる事が出来ます。

自分との関係性だけでなく、

目の前にある山を図形に合わせ、

そこに手印を組み合わせる事も出来ます。

行者は、

「行法は、建物の中での完成はあり得ない。

人が人を超えた力を必要とする時のみ、

その真価が現れるのだ。

そして、

人を超えたところのみ、

霊性は現れる。」

と、教えてくれました。 

もっともっと、

その時空を味わっていたかったのですが、

すでに夕刻になっています。

ホテルまでの道のりを考えると、

早々に此の場を離れなければなりません。

ビルさん、相当お疲れのようです。

夕食の際に、

「明日も行くでしょ?」

と、尋ねると、

「足が相当大変な感じだから、

分かりません。」

との事。

「じゃあ、私一人で行っても良いですか?」

と、聞くと、

「雪豹が出るから駄目です。」

「そうかぁ。

でも、一晩寝たら良くなるかもしれないし!

元気出してください!」

と、励ましてみましたが、

翌朝、

「行かれそうですか?」

と、聞くと、

「途中までしか無理だから、

今日は途中までにしましょう。」

との事。

「え〜。

じゃあ、私がヒーリングしてあげます!」

と言って、

持参したアムリタ7とチャクラ7でヒーリング。

ホテルのマネージャーも、

「やって下さい。」

というので、

二人にやってあげると、

あっという間に、快復。

「これだったら大丈夫です。」

と、ビルさん。

私の執念でしょうか?

アムリタ7とチャクラ7の力でしょうか?

念願かなって、

洞窟2日目です!

しかし、2日目でも、

酸素が薄いのは変わらず、

少し歩いては休息を取り、

呼吸法とエネルギーワークを駆使しながら、

登ります。

ヤクの群れは今日も顕在。

(昨夜は、目を閉じた途端、

ヤクの糞が何十、何百と浮かんできました。)

寡黙になるビルさんを励ましつつ、

どうにか到着。

「さぁ、どうぞ思う存分瞑想してください。」

と、ビルさん。

後ろにダウラギリ、目の前にニルギリが聳える絶好の場所で、

瞑想を始めます。

しばらくすると、

物質的な声で話しかけてくる人がいます。

目を開けるといつの間にか人!

チベット僧が何やら話しかけています。

私の後ろにある岩肌を指差して、

「そちらを向いて瞑想をしろ。」

と言う様な事を仰っているようです。

すぐにビルさんが飛んできて、

通訳してくれたものによりますと、

「後ろにある洞窟(入口が小さいから洞窟には見えない。)

には、グリーンタラと、チベットの何とか言う女神様が祀ってあるから、

そちらを向いて瞑想しなさい。」

と、言っています。

との事。

「ふーん。そうなんだ。」

と、あまり気乗りしない私を見て、

「中に入るか?懐中電灯は持っているか?」

と、尋ねます。

「持ってきていない。」

と申し上げると、

ヘッドライトを持ってきて貸して下さいます。

そして、洞窟の中に入っていきます。

ビルさんも誘ったものの、

「結構です。」

との事。

靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、ズボンをまくり上げ、

身体をパズルのピースのようにしないと入れない様な、

小さな入口から中に入ります。

入ってみると、何と洞窟の足下には、

川が流れています。

その中で、足を置く位置、手を置く位置を指示されながら、

インディジョーンズにでもなったような気持ちで、

怖さを感じる暇もなく、

ワクワクしながら、中へ中へと入っていきます。

真っ暗なので、

中の構造がどうなっているか全容は不明ですが、

しばらくすると、

「これがグリーンタラだ。」

と、お祀りしてある場所を教えてくれます。

ライトを当ててみると、

エメラルドグリーンに輝くそれがあります。

ヘッドライトの光だけでも、

十分に光り輝いているのが分かります。

さらに奥には女神様が祀ってある場所があります。

こちらは、

更に奥深くにお祀りしてあり、

神秘的なエネルギーで溢れています。

足下を流れる川の流れの音は、

洞窟の中では思いのほか大きく響き渡り、

さらに変性意識状態へと誘います。



ヘッドライトに照らされる女神は、

あまりに現実の世界とは違うエネルギーで、

それを言葉で表現しようと思っても、

当てはまる表現が見つかりません。



不思議な事が溢れています。

「この大量の水の流れはどこへ行くのだろう?」

「これほどの水の流れの中、なぜ洞窟が維持されてきたのか?」

「そもそも、なぜこの様な洞窟の中の神聖な存在を見つけられたのだろう?」

様々な疑問が浮かんできますが、

とにかく、あまりに想像だにしない出来事なので、

上手く思考出来ない状態です。

そして、

「此の洞窟は子宮だ。

あなたが、此の洞窟から出たら、

それは再誕と言う事になる。」

との事。

真っ暗な洞窟の中に入っただけでも、

相当にテンションが上がりますが、

さらに、中での半端ない冒険。

その上、再誕とは。。。

畏敬の念と、

興奮と、

感動で、

少々、虚脱。

と、共に全身の細胞が打ち震えているのが分かります。


感動の海の中を溺れそうになりながら、洞窟から出てくると、

「あなたは、勇気ある強い女性だ。」

と、褒められる。

確かに、ゴーゴー川が流れる中、

ツルツル滑りながら這いつくばって

洞窟の中に入ろうという女性はあまり居ないかもしれません。

寒さよりも、感動に打ち震えていると、

更に、

「次は、こっちだ。」

と、奥の方を指差します。

「昨日、ここで何を見た?」

と、聞かれます。

私たちが、昨日来た事を知っていたのです。

「えーっと、祭壇?」

と言うと、

「もっと、奥に何を見た?」

と聞かれるので、

「祭壇までしか入っていません。」

と、申し上げると、

すぐ脇にある わき水で手を洗うように指示され、

大きな洞窟の奥に導かれます。

すると、様々な形の岩があります。

一つ一つ説明してくれて、

最後に、

「ここが、パドマサンババが衣を置いた岩だから、

登っては行けないよ。」

と、仰る。

「パ、パドマサンババ?」

だれも、そんな事は言っていなかった。

というか、知らなかった。

パドマサンババなら、私でも知っているくらいの方。

「嘘でしょ?」

と、失礼ながら申し上げると、

「インドからチベットに行く際に、

ここで立ち寄り、この洞窟で修行した。」

との事。

何ということでしょう。

感涙に咽ぶ私です。


そして、更に奥に、

「ここに坐って、

パドマサンババは修行したんだよ。」

と指し示して下さる岩があります。

パドマサンババが実在の人物だったという実感が、

沸々と沸き起こり、

その瞬間のえも言われぬ空気感は、

まるで時が止まったように静かで長い時間のように感じました。

そして、

あまりに想像もしていなかった出来事が立て続けに起こるので、

ついつい、言ってしまったのです。

「私もここで瞑想したいです!」

と。

絶対に駄目と言われると思っていたのですが、

「どうぞ。」

と、去っていかれます。



私は興奮の面持ちで、

「ビルさん、良いって!」

ビルさんは、半ばあきれ顔で、

敷物を用意してくれます。

私は、もうどうして良いか分からないこの状態に興奮し、

洞窟の奥に向います。

一生に一度あるかないかの この貴重な機会。

いえ、私の人生で、

『ヒマラヤの洞窟で瞑想する。』

という事自体、ひと月前までは考えもしなかったし、

ましてや、

人里離れた山の上の洞窟。

そしてそれが、

パドマサンババが修行したところ。

なのですから。

上手く思考がついて行きません。

「心して、向わなくては。」

と、言いきかせます。

しかし、

奥に行って入口に向って坐ると、

圧倒的な清浄な空間がそこには存在し、

自然に心が静まります。







ぽっかりと入口が見えます。

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そして、



その光景は、



例の行者と共に行をした洞窟から見えた景色と同じだったのです。

静かに、エネルギーが変化するのに任せます。

さらに委ねるように言われます。

此の洞窟に広がるエネルギーが融合していきます。

インフィニティの形にエネルギーが登っていきます。

鳥になり、

上から此の地を見下ろします。

そして、反対側にあるニルギリの上まで移動します。

さらにその下にあるゲートに入ります。



中に入ると、

私の上にある珠について聞かれます。

その珠は、エネルギーを変容させる時に使います。

そして、私の魂の珠のように感じるのです。

いつもそれは身体の外に感じていましたが、

それを身体の中に入れるように言われます。

そして、

その珠から呼吸するように言われます。

すると、非常にパワフルなエネルギーが、

身体の隅々まで満ちあふれます。

そして、

「それを、手放せるか?」

と聞かれます。

既に私は、身に余る体験の数々に、

「此の場で死んでも本望です。」

と、思っていますから、

「勿論です。」

と、差し出します。

すると、

その方は、

更に大きな存在のところにその珠を持っていきます。

大きな存在は、

その珠に祝福を送ってくれます。

そして、

私の頭上に戻してくれました。

そして、此の珠を先ほどのように身体の中に入れるように、

此の状態で生きるように。

自分の使命を遂行するように。

と、言われます。

いつでも、ここに戻ってこられるように。

と、新たな手印を教わります。


そして、

洞窟の中に戻ります。

どのくらい時間が経ったのでしょうか?

外に出ると、

ビルさんが、お茶を飲みながら待っています。

チベットのパンとお茶をごちそうになって、

チベット僧とお別れをします。

「3年の行に入っているから、

またいらっしゃい。」

と誘って下さるので、

「すぐに来ます。」

と、お答えして、

洞窟を後にします。

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日本の僧侶に頼まれた石は、

ここに納める事にします。



帰り道、

洞窟の僧に香草を運んだ少年が、

一緒に山を下りてきます。

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恐らく20キロはありそうな香草を

村の自分のお家の祭壇の為に、

背負って山を下ります。

足下はサンダルなのに、

ヒョイヒョイととても身軽に降りて行きます。

私たちが追いつくまで待ってくれて、

また、ヒョイヒョイと降りて行きます。

小川に着いた時、

この少年が小川のほとりに横たわって

口から直接小川の水を飲んでいる姿は、

ギリシャ神話のように美しく、

それ以外にその水を飲む方法がないように思えました。

彼の立ち居振る舞い全てが寸分の隙もなく、

合理的で美しく、

どんなに飾り立てても、

どんなにエクササイズして身体を整えても、

彼の神なる自然との調和の前には色あせて見えてしまうでしょう。

洞窟以降の詳しい話を書こうとすると、
何故だか、
画面が真っ白になるので、
その後の話を。


朝、5時過ぎに
屋上に昇ります。

漆黒の空に輝く満天の星。

そして、ゆっくりと空が薄墨色に変わり、

右手の空が明るくなり始め、

目の前に真っ黒にそびえ立ち
その姿を隠していた山が、
凛々しい顔を現し始めます。
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やがて、 

一筋の光がたった一つの山の頂を染め始めます。
その山が
「神の山」
であるという目に見える形での証明
が唯一出来る瞬間。
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なぜ、この色なのか、

なぜ、この山なのか。

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それは、
私たち全ての生命が
深い部分では、
みな、全て分かっている事なのだと思います。

どんなにこの地に残りたくても、
次のスケジュールに進まねばなりません。
それでも、一応ここにもう少し滞在したい。
と、希望するも、
「NO!」

早朝、空港に向って山を下ります。
空港までつくと、
風が相当吹いているので、
ポカラからの便がまだ飛んでいない模様。
ポカラから飛んでないと、
折り返し便である、ここからの便も飛びません。

1時間待ち。
まだ飛ばない模様。
狭い空港の中、
みな、暇。

Wi-Fiのパスワードをカウンターの女性に教えてもらって、
youtubeを見ていたら、
私の周りに気配が。
空港に居る女性陣が覗き込んでいる。
イヤフォンで聞いていたので、
みなに聞こえるように取ってみる。


強面の検査員の女性や陽気なカウンターの女の子達と、
それから3時間あまり、
お菓子食べたり、
ネパールの音楽聞かせてもらったり
しながら時を過ごすので、
通過するだけだったら見られない
彼女たちの一面と触れる事が出来て、
彼女たちの中に流れるリズムと、
自分の中のリズムがだんだん一緒になって行くのが分かって、

何だか、こういう時間って良いなぁ。
と、思ったりしたのだけれど、
とうとう飛行機は飛ばず、
お昼前に、四駆で移動する事に。

およそ、6時間。
途中、車を乗り継ぎながら移動。
でも、
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この地方の桜が満開で、
素朴な美しさを感じる事が出来たり、
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村のみんなで道や塀を作っている場面に立ち会えたり、
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山羊飼いのおじいさんと可愛い子やぎ達に会えたり、
谷を挟んでの
山羊飼いのおじいさんとおばあさんのやり取りが、
何ともかみ合っていなくて面白く、
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趣き深い滝で休めたり、

飛行機では味わえない場面を沢山堪能する事が出来ました。

ここでは、
スケジュール通りに事を運ぼうとピリピリする事自体が、
非常に滑稽な事に思えてくるのです。

「効率」
って、何だろう?
と、思ってしまう。

だって、
自然は自由なのだから。

ここには、
枠組みがないのだから。

さて、2度の車に乗り換えを経て、
ようやくホテルの麓まで辿り着いたのが5時すぎ。
まさか、そんな事が起きるとは・・・

車が止まり、
ビルさんと運転手さんが何やらやり合っている。
「何?」
前方を見ると、
道の真ん中に高さ1mほどのピラミッド状の砂利が、
100mにわたり、
続いているではないですか!
車が通れません・・

オートバイだけは通れるので、
山から下りてきた人に話を聞いています。
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この道以外に、ホテルに行く道はない模様。
そう、
ここでは、何が起ころうと、
誰のせいでもないのです。
日も暮れかかり、
「1時間くらい登れますか?」
と、ビルさん。
「1時間ならば行きましょう!」
と、私。
スーツケースは、後からバイクで運んでくれるそうです。

登り始めて暫くすると、
日が暮れてきます。
懐中電灯を手に、山道を登ります。
ポツポツ雨が!
と言っていたら、
あっという間に沢山降ってきます。
「もう半分くらい来ましたか?」
「そうですね。
もうすぐホテルの灯りが見えてくるはずです。」
と言ってから、30分しても周りに灯りはなく、
「この道ですよね?」
「ハイ大丈夫です。」
途中、村がありますが、真っ暗。
どうした事でしょう?

「着いたらまずビールを飲みましょう。」
等と励まし合いながら、
2時間ほど経った辺りで、
バイクの音。
ホテルの方がバイクで迎えにきてくださいました。
「後ろに乗って下さい。」
と、ホテルの方に言われて、
バイクに跨がります。
しかし、山道のバイク。
振り落とされそうです。

バイクを下ろされたところで、
小さなおじいさんがカンテラを片手に立っています。
そこから先はおじいさんが案内してくれます。
ホテルは真っ暗。
1週間前から、この地域一帯停電しているそうです。
このホテルに滞在している間、
どこに行くのも、
このおじいさんのカンテラがついてきてくれます。

ホテルの全容は、
分かるはずもなく、
案内される建物に向います。
しばらくして、ビルさんも無事到着。

泊まり客は、ここでも私だけ。

広いレストランにロウソクが一本。
とにかくこの辺り一帯真っ暗だから、
何も見えません。
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ロウソクの明かりだけの異国料理は、
とてもロマンティックです。
怖々食べた水牛のバターは
夢のように円やかで美味しく、
疲れも吹き飛びます。

しかし、私しか泊まらないのに、
真っ暗だから定かではありませんが、
何人も従業員の方が給仕してくださいます。

食事が終わると、
別棟にあるお風呂に案内されます。
とってもステキなお風呂ですが、
ここも、ロウソク。
恐がりの人は来られないところです!
真っ暗なんです とにかく!
「終わったら、懐中電灯でおじいさんに合図してください、
コテージまで案内します。」
との事。
『いや、暗がりからおじいさんが出てくる方が怖いから。。。』
と、思うも、
早々にお風呂を済ませ、
ありがたく、合図させて頂き、
これまた、真っ暗なコテージに。

ロウソク一本の灯りで、
ギーッと音がする重い木の扉を開けて入る
コテージはスリル満点!
ロウソクをつけて寝ると危ないから、
ロウソクさえけしてみると、
本当に何も見えません。
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眠りについた時間も定かではありませんが、

恐らく9時過ぎでしょう。

お陰で、まだ暗いうちから目が醒めます。
窓を開けて外に出てみると、
鳥のさえずりや、
よくわからない、
動物達の声が聞こえます。

そして、だんだんと、
その声が重なりはじめると、
夜が明け始めます。

昨日は、
このホテルの全容が全く分かりませんでしたが、
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窓から見える景色は、
まるで額縁の中の絵のように美しく、
バルコニーに出てみると、
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大好きなアンナプルナが目の前。
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お庭には色とりどりの花が咲いています。

なんて美しい!

本当に天国です。

おいしい朝食を頂き、
「今日は、どこに行きますか?」
と、聞かれますが、
「今日はここでゆっくり過ごします。」
と、申し上げ、
お庭にノートと本とエッセンスを持ち込みます。
これ以上の過ごし方があるでしょうか!

イスに座っていると、
熱々でスパイスたっぷりの
ほんのり甘いネパールティがすぐに出てきます。
欲しいと思うタイミングには、
必ず、ネパールティが出てきます。

さて、お庭のテーブルでは、
ビルさんのサンスクリット語の講義が始まります。
サンスクリット語の読み方や、
私が、行者から教わった言葉の意味を解説してもらったり、
ネパールの風習についても教えてもらいます。

この国の、摩訶不思議でありながらも、
どこか懐かしい思いにかられる様な、
畏敬の念が沸き上がってくる様なお話しに
時間があっという間に過ぎて行きます。

そして、
ヒマラヤのエッセンスが加わり、
『ヒーリングチャクラ』
エッセンス、
ようやく上のOKが出ました。
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できたてのエッセンスをビルさんに使ってもらって、
エネルギーを観察してみます。

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こんなにステキな場所に住む人でも
相当にエネルギーが変わります。
一人やっていると、
次から次へと、やってほしい人が集まってきます。

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ネパールの方々、
「うん、何だか変わっていく。」
と、静かに仰って下さいます。
こんなにしっかりした方々のエネルギーでも、
さらに変化していくものなのだと言う事に、
驚きました。


夕方になると、
「明るいうちに、お風呂ですよ〜。」
と、言われて、
安心してお迎え無しのお風呂にゆっくりと入ります。

お風呂から出ると、
夕食前のアペリティフを頂くお部屋に案内され、
この土地で作った蒸留酒を頂きます。

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夕日と共に。

なんて、贅沢な時間なんでしょう。

さぁ、そろそろロウソクの時間です。

この瞬間にしかいられない 素晴らしい空間。

蜜が滴るように濃密なエネルギー。

風は、生命を持ち、
ロウソクの炎は語りかけてくる。

この場に居ると、
地水火風が、概念ではなく、
実際に生きて私たちと交流していることが、
当たり前になってくる。

そして、

こそが、
無でありながら、
全てを満たすものである事も
当たり前に感じる事が出来る。

こんな贅沢を
私たち人間は、
目先の利便性のなかに葬ってきてしまった。

電気が通じなくても、
人間は生きていかれる。
新たな自分の中に眠っていた機能を目覚めさせながら。

電子機器が無くなれば、
スケジュールや情報ではなく、
地水火風と交流する時間がふんだんにもたらされる。

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ヒマラヤの静寂の中で過ごす日々も、
そろそろおしまい。

カトマンズに帰らねばなりません。

ホテルからは、またまた山道を降ります。
下りだから、歩くのは少し楽です。
山を下りる途中で、
インド系の村の方々とすれ違います。
「インド占星術ができるんだよ。」
と、仰るお爺さん。
制服を着て、学校へ向う子ども達。
こうして歩いていると、
そうした楽しい出会いがあります。

「スーツケースは、後から運びます。」
と言う事なので、
山の麓で待っていました。
25キロもあるスーツケースですから、
勿論、強健な男性が運んでくれると思いきや、
赤いスーツケースを背負い山道を降りてきたのは、
色鮮やかなサリーに身を包んだ女性でした。
私は、本当に申し訳なく、
「あぁ、どうしよう。」
と、心配していると、
ビルさんは、
「仕事がもらえて、喜んでいますよ。」
との事。

ヒンズー教のカースト制に慣れない私は、
(慣れたくもないけれども。)
どうしようもない無力感に襲われます。
せめてもの思いで、
チップを手渡すと、
本当に美しい瞳で、
「ありがとう。」
と言って、また山道を登っていかれました。
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ポカラからカトマンズの空港に着き、
荷物を受け取ります。
と、言っても、
係員が積んできた荷物の中から、
「それは、私の!」
と、主張して渡してもらうのですが、
その荷物の運び屋さんが登場して、
欧米人の団体の荷物を奪うようにして運ばせてもらおうとしています。
既に、空港でボヤボヤして入られない喧噪が始まります。

ホテルに到着してお部屋に荷物をおいてから、
カトマンズの街へと繰り出します。
まずは、お昼ご飯を頂きますが、
もの凄く暑いので、
冷たい飲み物を飲みたくなり、
ラッシーを頼むと、
「ぬるい。」
ここでは、暑い時には温かいものを取るそうです。
そういえば、
コーラもスプライトも炎天下においてありました。

そして、
ビルさんのお家のあるパタンの街へ。
目が良くなる漢方薬(?)に興味を示す私に、
「それを買いにいきましょう。」
と、お店に向います。
漢方薬屋さんの様なところを想像して行ったのですが、
ここ。
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モロッコの黒魔術のお店に匹敵するくらい、
よくわからないものが満載です。
ヤクのしっぽの毛とか、
お香とか、
瓶の中にはいっている、乾燥してある何かとか。
目当ての品がどこの店にもなく、
ぶらぶらと街を見て回ります。
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祭壇にお供えするお花を売る人。
果物を売る人。
葉っぱのお皿だけを束で売る人。

商い素人の私でも、
「もうちょっと、見せ方を考えれば格段に売り上げ向上するのでは?」
と、思わずにいられない煩雑さ。
でも、慣れてしまえばこれで良いのかもしれませんね。

パタンの街は、古都の趣、美術館に迷い込んだかの様です。Th_img_2969
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一つ一つ見ていると、
突っ込みどころ満載!
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こうした、建物が立ち並ぶ道を抜けていくと、
クラフトショップが並んでいます。

法具や曼荼羅を売る店がぎっしりと軒を連ねます。

沖縄の師匠のお土産に曼荼羅を買おうとお店に入ってみると、
美しい染料が並んでいます。
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青がラピスラズリ
緑がマカライト
赤がコチニール
オレンジが辰砂
等々、天然の色素を使っています。

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「小さいのを一枚買います。」
と申し上げたのに、
100枚近く次から次へと色々見せてくださり、
申し訳ないので、
ついつい、もう一枚買ってしまいました。。。
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日本で額装してもらったら、
大きすぎて、かけるところがありません。

翌日、チベット僧院のちびっ子僧に会いに行くので、
お土産に、
ビルさんが大量の果物を調達してくれました。
旅行者と住民の税金が違うそうで、
「影に隠れていてください。」
との言葉に、車の影から様子をうかがう私。
ビルさんが一つ一つ確かめながら、
みかんと林檎を購入してくれます。
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チベット僧院を案内してくださるジュリエットさんが、
学校から帰ってくるまで、
スワヤンブナートへ。

丘を登ります。

2万年ほど前、
カトマンズがまだ湖の底だった頃、
ここは島だったそうです。
文殊菩薩がやってきて、
チョーバル渓谷を切り開いたので、
水が流れ出て、カトマンズ盆地になったそうです。

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世界共通、泉があればコインを投げ入れたくなります。
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レイの方。
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目玉寺院と言わしめる目玉です。
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巨大バジュラ。
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おばあさんがやってきて、
「写真を撮って。」
と、言うので撮ってあげたら、
「お茶を飲むお金を頂戴。」
と、おねだりされます。
ここでは、小さな子どもからお年寄りまで、
観光客にお金や食べ物をねだる人が非常に多く、
この国のさらに悪化しているシステムや
カースト制にやるせない思いでいっぱいになります。
本当にひどい状態の中暮らしているのです。

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本当に見晴らしがよいところです。
カトマンズのグレーな空気が薄れていますね。
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寺院を出て、

チベット僧院に向います。

僧院の下の売店に、
ビルさんが入って行きます。
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「待ち合わせまで、少し時間があるから、
チベットラーメン食べましょう。」
と、注文してくださいます。
ここで食事が出来るの?
と言う様な店内ですが、
暫くたつと、
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チベットラーメン登場。
売店の片隅の荷物が置いてあるテーブルで頂きます。
上に卵焼きが乗っていて、
その下には、
麺があるのですが、
水分が殆どありません。
恐らく水牛の肉とネギが入っています。
『食べられるだろうか?』
と、少々不安でしたが、
頂いてみると、
非常に美味しいのです。
どんな味かは、表現する事が出来ません。
食べた事がない味だから。
でも、非常に美味しかったです。
残さず食べました。

学校からジュリエットさんが戻ってきました。
とても、かわいらしいジュリエットさん。
想像より、ずっと若く、
こんなにお若いのに、
フランスからカトマンズにやってきて、
ボン教を学ぶと共に、
NPOを立ち上げて、
子どもや貧しい人たちの為に奮闘しています。

早速、ちびっ子達の居るところに案内してくださいます。
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か、かわいい〜!

こんなに小さいのに親元を離れて、
さぞ、心細かったでしょう。
でも、ちびっ子達が寂しがらないように、
みんなから
「おかあさん」
と慕われる女性とジュリエットさんがお世話しています。

寄付によって、

お教室に机とイスが入ったり、

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ベッドがきたので、ダニの被害が無くなり。

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ソーラーシステムがつき、

暖かいシャワーも浴びられるようになったそうです。

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ジュリエットさんのお隣の男の子は、

昨日来たばかりだそうです。

こんなに小さな子ども達が親元を離れての生活。

我慢する事も沢山あるでしょう。

希望のある未来を描ける様なお手伝いが出来たらと思います。

ここには、僧院付属ボン教医学院もあり、

ボン教医学がメンタルな部分にとても有効だというお話しを、

とても、興味深く伺わせて頂きました。

僧院の帰り道、

歩いていると前からやってきたチベットの子ども達が、

どうぞ!

と、お花をくれました。

お花の香りはホテルに帰ってからも続いていました。

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最後に訪れたのは、
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ボダナート。
巨大な仏塔のある、チベット寺院です。
この巨大な仏塔の周りを、
多くの人がグルグルと歩いています。
仏塔の壁には沢山のマニ車があり、
それを回しながら歩いています。

和やかな光景ばかりでなく、
抗議の為の焼身自殺を防ぐ為に、
僧侶は荷物をチェックされています。

あらゆる場所で、
完璧な瞑想場所を整えてくれるビルさんは、
ここでも、

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皆様が五体投地しているすのこの一つを指差し、
「ここで、どうぞ。」
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これは、五体投地専用の場所では?
と、思いつつも、
皆、ご自分の事に専念なさっているようなので、
瞑想に入ります。
旅の感謝を申し上げて、目を開けると、
沢山の人たちが目の前に座って、
興味深げに私を見ています。
珍しいのでしょうか?

目が合った年配の女性から手印を教えて頂きました。
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エネルギーが漲っている場所があり、
何だろう?
と近づくと、
この方が。

お膝にあるのは頭蓋骨の器。
イケている行者の方の頭蓋骨は、
頭頂部に穴があいているそうで、
そのような方の頭蓋骨の器が価値あるものだそうです。

そして、左手に持ち、口元に持っていかれているのは、
大腿骨。
これは、悪霊を集める為に、
不幸にしてなくなった方のものが良いとの事。
深いですね。。。


この方は、よくここで修行をなさっているそうです。

最後の食事はチベット料理のお店。

夕暮れの寺院もステキです。

まだ、多くの人が寺院の周りを回っています。

この時間は、仕事終わりに来られる方が多いそうです。

出勤前に一回り、

出勤後に一回りなのですね。

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餃子好きな私が一皿平らげてしまいそうに美味しい焼きモモ。

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初挑戦のバター茶。

慣れたらきっと美味しいでしょう。

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最後に、ビルさんがマントラを教えてくれます。

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このマントラ、聞いた事がないものでしたが、

非常にパワフルです。

日本に帰ってきてからも、

何度もお世話になりました。





こちらに来るまでは、

まさかこの人生でヒマラヤに足を踏み入れるとも思わず、

少々不安でしたが、

今では、どこよりも大好きな、

いえ、なくてはならない場所になりました。

自然が凄いの?

山が凄いの?

僧院が凄いの?

と、聞かれますが、

ヒマラヤのエネルギーなのです。



一歩足を踏み入れたら、

虜になり、

言葉にする事が不可能な「何か」があるのです。

それは、

私が長い間感じていた

「どこかへ帰らねばならない。」

という不思議な思いを

「やっと辿り着いた。」

という えも言われぬ安心感に変えてくれたからかもしれません。 





ヒマラヤのエネルギーは、

パズルのピースがぴったりと合うように、

私を迎え入れ包み込んでくれました。



『これがあなたの鋳型なのだ』



と教えてくれるように。

ヒマラヤから帰ってきて、

早いもので、
もう、3ヶ月が過ぎました。

その間も、ヒマラヤとの繋がりは益々強まり、
10月中旬には、
数名のクラスのメンバーと一緒に
再訪することになりました。

そして、ちびっ子僧やお仕事のない方達の為に何かできないか
という思いが
だんだん形になってきました。
水蒸気蒸留の装置を持ち込んで、
あちらの方々が精油の蒸留技術を身につけてくれたらと、
試行錯誤しながら奔走しています。

とてもステキなことに訪れた僧院のご縁で、
ボン教医学の先生との繋がりが出来、
10月末には、
お目にかかって学ばせて頂けそうです。
私にとっては、
これ以上の喜びはありません。

そして、
それに関係するあらゆる人が、
無償で協力してくださるのです。

「何か力になりたい。」
と、お手伝いしているつもりでも、
実は、代え難い学びをさせて頂いているのだと
ヒシヒシと感じると共に、
ブループリントに沿って生きるとは、
こういうものなのだ。
と、学ばせて頂いています。